九六位山日記(ゆきのさきこ)

私のマンションのベランダから見える山は、九六位(くろくい)山です。雨はいつもこの山を越えてきます。

おひとり様

 

おひとり様              

 

 我が主婦友のほとんどは六十代後半である。最近ランチの時など、「主人がいなくなったら寂しい。どうしよう」と相談される。何を言ってるの。ついこの間まで、「主人抜きで旅行がしたい」「帰りを気にしないで遊びたい。あなたが羨ましい」などと愚痴ばっかり言っていたくせに。私は「金のなる木を育てているのだから、我慢しよ」と慰めてきた。それなのに一人になったら寂しいなどと「どん口が言いよんのか」である。

 私は、筋金入りのおひとり様である。旅行も飲み屋も銀行も、一人で行けないところはない。仕事のない日は、読書かビデオ三昧。毎晩の晩酌も手を抜かない。エクセルで95歳までの収支計算もしているし、断捨離をして、家の中は自分の気に入ったものだけ置いてある。

 直近の国民生活基礎調査では26.9%が単身世帯。ようやくお一人様も市民権を得てきたようだ。

 宗教学者山折哲雄氏の「ひとりの哲学」を読んだ。人は所詮、ひとりで生まれ、ひとりで死ぬ。ひとりの覚悟を。とのことであるが、残念なことに山折先生は妻帯しているのだ。衣食住の世話してもらってひとりの哲学など意味がわからんではないか。

 風も涼しくなったたので、ベランダに晩酌セットを用意する。豊後水道方面から登ってきた月が、団地の上を渡っていくのを眺めながらしみじみする。

 おひとり様の正味の時間はこれから長い。何もなければ20年以上ある。 ぼけた振りをして生きるわけにも行かない。だからと言って世間の役に立つほどの人間でもない。なんだか方丈記のようだ。酔いかけた頭でおひとり様もちょっとだけ悩む。