九六位山日記(ゆきのさきこ)

私のマンションのベランダから見える山は、九六位(くろくい)山です。雨はいつもこの山を越えてきます。

ニューヨーク7日間

 ニューヨーク9・11メモリアルパーク、ワールドトレードセンタービルの跡地に、ノースプールとサウスプールという2つの滝の形をした記念碑がある。黒い正方形のプールの四方の壁から、水が細かく激しく溢れ出し、真ん中にある小さな正方形の穴に向かってなだれ落ちる。プールの淵にはそれぞれのビルで亡くなった2083人の名前が刻まれている。ビルの谷間に響く水音は、火災で亡くなった人の体を冷やしているようにも、残された人の溢れる涙のようにも聞こえる。私はこんなに美しく悲しい記念碑を見たことがない。どうぞこの水音が永久に途切れることがありませんように。

 私は、ニューヨークは2回目である。前回は20年前、全米オープンテニスを観戦するためにテニス仲間と一緒に来た。そのときはまだワールドトレードセンタービルは2本並んでスクッと立っていた。

 今回は、10月中旬、ニューヨークで働く甥の招きで母親である妹と2人で訪れたもの。滞在は6日間。ニューヨーク住まいが3年になる甥が私たちの希望を聞きながら行動計画を立ててくれた。 

 1日目、まずマンハッタンの真ん中にある甥のセキュリティー完備のワンルームマンションへ。夜は牛肉の濃い味のするハンバーガーと濃いビール。2日目、バスツアーとクルージングで市内の全体把握。夜は中華料理のあとブロードウエイでミュージカルをみる。3日目、ニューヨーク近代美術館MOMA)見学のあと、セントラルパークを散策。夜はピザと小澤征爾が貧しかったボストン時代に呑んだと伝える「青いリボン」というブランドのビール。4日目、甥の勤務する職場訪問。マンハッタンの街を見下ろす21階フロアにある大手商社。ここで世界戦略を立てるのか。そのあとグランドゼロの見学。夜は厚いステーキとカリフォルニア・ワイン。このあたりですっかりニューヨークに慣れた。5日目、アメリカ自然史博物館。夜はチェルシーマーケットでえび料理とニューヨーク・ワイン。6日目、ソーホーでショッピングのあとイタリア料理店でパスタとイタリア・ワイン。7日目、町並みを確認しながらタクシーでケネディ空港へ

 前回来た時は、シックな街並み、夜の大人っぽい賑わいに「ニューヨークは自分に合っている。帰りたくない」と強く思ったが、今回は少し違った。メディアによる偏見もあるだろうが、経済活動のために整えられた街と人々の群れ。様々な人種。流行りなのだろうかモノトーンの服がビルの谷間を行く。今の私には、この街で生きていくための強い知性のようなものが足りないと見える。それは私が年をとったせいか。

 米国の9・11テロへの報復は、アフガニスタン戦争、イラク戦争を引き起こし、そして今、イスラム国によるテロ攻撃に世界中が怯えている。

 帰りの飛行機の窓から念願のアラスカを見た。長時間、氷の大地が続く。酷寒で静寂、地球上にはまだ、人が敢えて行かなくていい場所も残っているのだ。

 そのうち飛行機は錦秋の日本列島上空へ。成田空港に着いて、バスで羽田空港へ移動。そして大分空港。バスで夜の大分駅、自宅までタクシー、最後はマンションのエレベーター。ケネディ空港を出て約17時間。ニューヨークは意外と近い。