九六位山日記(ゆきのさきこ)

私のマンションのベランダから見える山は、九六位(くろくい)山です。雨はいつもこの山を越えてきます。

山とお酒はやめられない

別府の街を上から眺めたくなって、秋晴れの続く日、バスと電車を乗り継ぎ、扇山に登った。

登山仲間のおばさん達と登るのもいいが、おしゃべりが多すぎて、肝心の山の様子は覚えていない。だから、最近、私一人で登る山を開拓した。今のところ、鎮南山、霊山、扇山、由布山、鶴見山、法華院の六つである。

 登山口の桜並木が真っ赤に紅葉している。別府の街を背に斜面を一気に登る。行く手を遠足の小学生達が賑やかに登る。追いついて学校の名を聞くと、扇山の別名が付いた大平山小学校だだった。

 一番の急登を過ぎて一休みする。青い別府湾を船が行く。街の中にある公園の森は赤、黄、緑のかたまり。別府は公園が多い街である。山際のあちこちに湯けむりがたなびき、新しく仲間入りした豪華ホテルも見える。山頂からの眺めより、途中からの眺めの方が街の様子がしっかり見えて好きだ。こんなに美しい街はそうあるものではないよと別府の人の誰彼となく伝えたい。

 後から登って来た中年の女性と言葉をかわし、一緒に山頂まで登る。女性は別府市内で働く看護師さんとのこと。山頂でお弁当を食べながら「この頃、なんだか胸がざわつく日があるの。だから山に来てみたの」と打ち明けてくれた。そういえば50代の頃、私もそうだった。だから山を再開したのだ。別れぎわに一人でも登れる山を紹介し、この人の胸のざわつきが消える日を願いながら山を下りる。下を見ると、小学生達はもう下りていて舗道を歩いている。学校のそばに山があって良かったね。

 大分駅についたら四時。予定通り、駅前の昼呑みもやる居酒屋へ。この時間だけ半額のビールと本日のオススメ牡蠣フライを注文。私のすぐ後に遠慮がちに入って来たジャンパー姿のご老人も同じものを注文した。運ばれてきた牡蠣は大きくて熱々。これに冷たいビール、もうたまりません。ご老人は、ジョッキを両手で抱え、ゆっくり飲んでいる。「おじさんも、これまで大変だっただろうけど、4時から一人で飲める境遇になって、よかったね」と声をかけたかった。

 老人は一杯切りで帰って行ったが、私は牡蠣があまりにも美味しいので、千羽鶴の冷やを追加した。お店のお兄さんは、いつもお酒を追加すると嬉しそうな顔をしてくれる。

 そしたら今度は二人連れのご老人の登場。「とんちゃんの話はいつも面白い」と言いながら座り、カボスサワーを注文。とんちゃんとは村山富市氏のことだろう。二人ともジャケットを着ている。何かの会合の帰りのようだ。労働組合の元幹部か、面白い会話を聞けそうだと期待していたら「うちのが、認知が進んでもう入院させようと思っている」「うちも年寄りを施設に入れている」と介護話が続き、ドリンクもほとんど減らない。

 お二人の話が低調なままなので、お勘定1700円を払い、リュックを背負って店をでる。背中に「ありがとう」の声がかかる。振り返るといつものように店員が二人、店の外に出て手を振っている。この店のおもてなしのプログラムだ。私も慣れているので「ありがとう」と大きく手を振った。

 少し酔いの回った頭で考えても、今日一日、自分の好きにしたが、何も悪いことは起きなかった。これから七十代の坂をどんどん登っていくが、山とお酒、この組み合わせはやめられそうにない。

 

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