九六位山日記(ゆきのさきこ)

私のマンションのベランダから見える山は、九六位(くろくい)山です。雨はいつもこの山を越えてきます。

70代:就職してみた

 何を血迷ったか、また就職をした。

 毎日一万歩を目標に近場の野山を歩いている私だが、その体力と時間があるのなら、まだ働いた方が良いのではと思っていた矢先、近所の公民館で小学校の「サポート教員」募集のチラシを見つけた。チラシには、年齢のことは書いていないし、都合の良い時間でとある。早速、市役所に履歴書を出し面接を受けたら、何と採用された。採用者の説明会では、私ははるかに高齢であった。勤務は近くの小学校に決まり、週三日、夏休み明けから出勤した。

 私は、銀行員、各種外交員、肉屋、魚屋、団体職員、経営コンサルタントと色々な職種を経験してきたが、学校は初めてである。

 私がサポートするのは三年生の二クラス。初日、担任のベテラン先生の後について教室に入ると「あっ先生のお母さんですか」の声、そうか、そう来たか。子供の熱気で爆発思想な教室に少し目眩。しかし、先生は子供達を魔法のように落ち着かせ授業に入る。

 クラスは三十数名、授業に追いついていない子供を見つけて、サポートするのが私の役目。早くみんなの名前を覚えて「〇〇さん」と呼びかけたい。最近は、「君」とか「ちゃん」とかは推奨されていないらしい。

 国語、算数、社会、理科と久しぶりに教科書を前にしてドキドキする。特に漢字はドリルを使って繰り返し練習する。習字を習っているのか美しい字を書く子供もいる。私は漢字練習帳に赤ペンでマルをつけながら、子供達が大きくなって、漢字は、日本と中国だけの貴重な言語だと知る日が来ることを思うと、少し楽しくなる。

 一番驚いたのは先生の働きぶりだ。休憩時間はなく、教室に朝からずっと子供といる。給食も一緒だ。さらに毎日六コマある授業で、子供に理解させようとする先生の技術や工夫にも恐れ入る。

 大変なのは授業だけではない。授業を聞かない子、すぐ喧嘩する子、すぐ泣く子、すぐ保健室に行きたがる子、マスクをつけたがらない子。先生は、その都度、丁寧に向き合い納得させて進む。どの場面でもまっすぐ本気。確かに人を育てる仕事である。こんな小学校の先生が全国に四十一万人いるのだから、この国が悪くなるはずがない。学校で子供は守られていると改めて思う。

 私の仕事は三月まで。三時間立ちっぱなしも慣れた。偶然もらったご褒美のような仕事である。