九六位山日記(ゆきのさきこ)

私のマンションのベランダから見える山は、九六位(くろくい)山です。雨はいつもこの山を越えてきます。

雨ヶ池を越えて


   
梅雨の晴れ間、1人で、長者原から雨ヶ池を越えて、法華院山荘まで歩いた。

    湯布院駅から熊本行きのバスに乗り、10時過ぎ長者原に到着。タデ原湿原から樹林に入ると、鳥の声がやかましい。

 何度かの大雨で、以前歩いた山道が壊れている。新しい踏み跡を探しながら登る。濃い緑の森を抜け、谷を一つ渡り、急坂を一時間ほど登ると、雨ヶ池に着く。

今の時期は、ショウブの群生が見られるのだが、大雨で池の植生が変わったのか、花は一本もない。この後に咲くはずのヤマラッキョウは大丈夫だろうか。

池を眺めながら、菓子パンを食べていると、キャンプ道具を担いだ人が「おひとりですか」と声をかけてきた。今日は土曜日だ。坊ガツルのテント場が賑わうだろう。

リュックを背負い直して、三俣山を回り込むように坊ガツルに向かう。 

坊がつる讃歌四面山なる坊がつるーの四面とは久住、三股、大船、黒岳あたりのことか。鳴子川を真ん中に、タデ原湿原が広がる。山からの涼しい風に吹かれながら緑のそよ風いい日だねーと歌いながら、鳴子川沿いに、法華院山荘を目指す。

 2時前に山荘に到着。まだ誰もいない温泉に入る。九州で一番標高の高いところにある温泉だ。目の前に大船山の稜線。

 夕食まで3時間ある。宿の前庭に大きい木のテーブルとベンチがあって、登山客は温泉に入った後、缶ビールなど抱えてゆっくりする。山荘の主人は、麓の村で酒屋も営んでおり、お酒は、たくさんある。

 私も、缶ビールとノートを抱えて座る。最近は、思いついたことをそのつどノートに書く。自分の考えを、ふわふわと妄想に終わらせないためだ。

 テーブルの反対側には、本を読んでいる男性。少し離れて、缶ビールを前に、うつむく男性。縦走で疲れたのか、それとも感動しているのか。もしかしたら下界の悩みをひきづっているのか。彼とは、夕食も朝食も、1人客同士で隣だった。

「ここ、いいですか」と缶ビール二本抱えた中年の男性が来た。(えっ、今日私、誰ともおしゃべりしたくないの)と思ったが、「どうぞ」とうなづく。彼は、しばらく黙って飲んでいたが「今日はですね」と久住山に登ってきたことを話し出す。そのうち、今年の北アルプスは、どのコースがいいか悩んでいると計画を披露するので、私は、自慢したい気持もあって、五年前に登った表銀座の厳しいコースをすすめた。その後も、お互いに登った山の話で盛り上がった。

 彼はビールを三缶空にした後「またお会いしましょう」とテント場に帰った。私は(こんなお婆さんにまた会いましょうだなんて)と、気分良く2缶目を空にした。

宿は、六畳の個室。朝夕2食付きで1万1千円。もう少し安ければもっとこれるのにと思う。久住山から流れ落ちる鳴子川の激流に、一晩中、雨が降っているようだった。

翌朝、昨日の道を折り返すことにする。友人が一緒なら、せっかく来たのでと、三俣山でも登ろうとするのだが、1人の時は、欲張らない。

 日曜日なので、子供連れが、騒がしく登ってくる。高齢のご夫婦と「ご苦労さま」と声を掛け合いながら、ゆっくりすれ違う。

樹木の色が、昨日登ってきた時より落ち着いている。山は、もう秋の準備か。

 2時間で長者原に着く。湯布院行きのバスを待ちながら、ずいぶん遠くに来たように思えた