弟から、ばあさんの服を片付けたいと連絡があった。ばあさんとは、最近老人ホームに入った94歳の母親である。弟は誰もいなくなった実家をきれいにしておきたいのだ。母が承知したのか気になったが、弟と二人で取り掛かった。押し入れ、箪笥、クローゼット、衣装箱。恐る恐る開けては取り出し、広げて段ボール箱に詰めてゆく。三十年前に亡くなった父のもあった。
よそ行きの服もたくさん出てきた。農作業に追われていたとばかり思っていたが、お出かけする日もあったのだ。良かったね。
和服も出てきた。仕付け糸のままのものもある。みな同じ呉服屋のたとう紙に包まれている。お付き合いで買ったのか。弟によると、毎年のように、呉服屋の主催で旅行に行っていたとのこと。嬉しいこともあったのだ。良かったね。残念ながら、母の和服をもらってくれそうな親戚知人はとうに亡くなっている。
片付けは夕方までかかり、段ボール箱は二座敷いっぱいになった。弟の軽トラックが、市の焼却場を何往復かすることになる。
質素に暮らしていた両親でもこの量だ。古着はどうなって行くのかネットで調べてみると、ユニクロは、自社の古着を回収し、発展途上国に届けているとのこと。個人から手数料を取って、途上国に送るボランティア団体もあるようだ。
しかし、いつか雑誌で、砂漠に大量に放置された服の航空写真を見たことがある。送られてきた服の行き場がなくて困っているらしい。
古着ばかり流通する国に、ファッション文化は育ちにくい。ケニアには、黒い肌によく似合う原色の美しい織物がある。
しばらくして弟に電話で、座敷の服はどうしたかと聞くと、弟の嫁さんが、まだ着れそうなものがあると捨てさせてくれないとのこと。誰が着るというのか。私は「もう孫子の代まで置いておけばいいよ」と憂鬱になった。
私もずっと「洋服の衝動買い」という重い病を抱えている。
世界中に処分できない洋服が溢れている。核廃棄物と同じくらい深刻だ。各国で「今後五年間は新しい服を製造してはならない」とか「土に還る布以外使ってはならない」など決めたらどうだろう。中学校でパッチワーク必修科目にするのも良いのではないか。