九六位山日記(ゆきのさきこ)

私のマンションのベランダから見える山は、九六位(くろくい)山です。雨はいつもこの山を越えてきます。

一週間は7日間

一週間は7日間

 

 一週間は、7日間を単位とする世界の取り決め。勤めを辞めたら新しい時間の単位で暮らせるかと思ったが、やはり一週間単位だ。

 月曜日は、エアロビクス教室。大きな鏡の前で頭から指先まで点検する。前日の登山の疲れをほぐすのにも都合が良い。すでに鏡に写して見るほどのものではなくなっているが、明日をも知れぬ生身の身体、そこそこ愛おしい。

 火曜日は、県南で仕事。仕事は好きだが少々のストレスもある。電車を降りて大分駅前の居酒屋に寄り、その日の稼ぎでビールと焼き鳥。まるで日雇いのおっさんではないか。

 水曜日は、短歌教室に出る。生徒はほとんどおばあさんで、庭に花が咲いた、古い友人が呆けた、夫の体が弱ったことなど、みな似通った歌ばかりを読む。「それがどうしたの」と心の中で思ってしまう私は、なりたての未熟な老人である。

 木曜日は雨。九六位山の向こうの臼杵の実家も雨だろう。父は雨の日には「うるおい休み」と納屋で農機具の手入れをしていた。私も、「今日は一日中読書だ」と村上春樹の世界に行く。

 金曜日の夕食は、家の近くの居酒屋でカキフライと瓶ビール。昨日読んだ「村上春樹雑文集」に出ていたメニューだ。春樹氏は、「6個のカキフライに静かに励まされ」、食べ終わったら「今でもどこかの森で誰かが戦っているのだから」と結んでいた。何と素敵な文章だろう。私もカキフライとたっぷりのキャベツに励まされた。

 土曜日は、午後からハンガリー刺繍の練習をする。リネンのハンカチに花模様を刺していく。世界中の女性達は、窓際や暖炉の前で刺繍や編み物などで、長い長い時間を過ごしてきた。だから噂話やおしゃべりが得意になったのだろう。

 旅先で出会ったエベレスト街道の宿屋のおばさん、サハラ砂漠ノマドの家のおばあさん、蘇州の民芸館の織子さん達。みんな手仕事しながら、絶え間なくおしゃべりをしていた。 

 日曜日は、霊山に一人で登る。内稙田登山口から、鳥の声を友達に雑木林を二時間、山頂から大分市街、臨海工業地帯、別府湾を望む。明野団地もビッグアイも見える。この町に来て四十五年、引越しの時は息子を背負っていた。

 娘が仙台に引っ越すときに置いていった、鉢植えのハーブが紫色の花をつけたので、写真をスカイプで送った。

 こんな風に一週間を回しているうちに、二月が終わる。これで良いとは思っていないが、抜け出す方法がまだ見つからない。

 この地は、豊後水道のおかげで冬のまっただ中でも暖かい。それでも首筋に寒気を感じた日は、夜なって少し熱が出る。