九六位山日記(ゆきのさきこ)

私のマンションのベランダから見える山は、九六位(くろくい)山です。雨はいつもこの山を越えてきます。

詩のように美しい1日

 習慣にしている早朝読書で、ナタリー・ゴールドバークの「魂の文章術」を読んでいたら「詩のように美しい一日を書き留めよう」という文章があった。この本は何度も読んだのに気がつかなかった。詩のように美しい一日とはどんな一日だろう。

朝食をベランダで済ませたあと、部屋の片付けをする。民生委員の仕事の折、一人暮らしの老人の救助に立ち会ったことがある。物が散乱している部屋で、土足の救急隊員が遠慮がちに作業をした。だから、私がもしもの時に、救急隊員が気持ちよく作業ができるようにと、部屋を片付けておく。

 午前中は外出の予定がないので、また読書。村上春樹の「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」を読む。十五年ほど前の作品だが読まずじまい。最新作の「街と不確かなその壁」と関連があるらしいので、上下二巻を集中して読んでいる。

ピンク色のスーツを着た太めの女性が頻繁に登場する。彼女の作るサンドイッチが美味しいと、サンドイッチの作り方の話が続き、ここで集中力が切れた。村上春樹氏は作家になる前、喫茶店のマスターをしていたので、軽食の話が必要以上に出てくる。説明がリアルなので、食べたくなる。作りたくなる。

 点けたままのユーチューブから、養老孟司氏の「新参勤交代、二拠点生活」などの話が聞こえてきた。「あっ、私もそう思っていましたよ」とそちらに意識がいく。

夏は長野県の上高地でアイスクリームを売りながら暮らす。冬は奄美大島で公園の草むしりなどをしてと妄想する。どこで暮らしても仕事はする。家賃くらいは稼ぎたい。貧乏性がなおらない。

午後からは近くの公民館で太極拳教室。先生も生徒も高齢。二時間、腰を落としてゆっくり舞う。皆、寡黙だ。別の日にはエアロビクスも習っている。習い事の「米中対決」だ。で今のところ、私の中では中国の太極拳が勝っている。

 終わったら、お昼がおむすび一個だったので、お腹が空く。

近くのうどん屋で牛丼を食べる。うどん屋なのに丼物が美味しい。丼に顔を突っ込んでいたら、朝読んだ本の「詩のように美しい一日」のフレーズを思い出した。もう夕方になろうとしているのに、今日一日、詩のようでもなかったし、美しくもなかった。

 いつか、そんな日に出会えたら、見逃さず書き留めておこう。まわり道をして、公園の落ち葉を踏みならして帰った。