九六位山日記(ゆきのさきこ)

私のマンションのベランダから見える山は、九六位(くろくい)山です。雨はいつもこの山を越えてきます。

英国で由緒正しいハイキングをした

 成田空港の両替所で「イギリスはボンドかい、ポンドかい」と大騒ぎし、私達山女4人は「美しき英国ハイキング13日間」ツアーに出発した。

 ラグビー、サッカー、ゴルフなど英国が発祥のスポーツは多い。登山、ハイキングもまた英国の貴族社会から生まれたものであり、世界の山の最初の征服者の多くは英国人だ。このツアーはその英国伝統のハイキング文化を体験するのである。

 日本の旅行会社はハイキングと言っているが、正しくは「フットパス」といって英国内に縦横無尽に張り巡らされたフットパス、歩く事を楽しむ道、これを歩くのである。

 一行は20人。季節は初夏。イングランドの南海岸から出発し、北のスコットランドまで有名な12のコースのうち7つを歩いた。詩人ワースワーズの暮らした村、ピーターラビットの物語が生まれた丘そしてスコットランドの英雄ウォリスが駈け抜けた荒野と大半は雨模様であったが、現地ガイドの説明もすばらしく、私達は毎日毎日歩いた。宿泊はアガサ・クリスティのミステリー「ミス・マープル」に出てくるような田舎の古いホテル。ベットもソファーも清潔で心地良く、不味いと聞いていた英国料理も、昔、老舗のレストランで食べた由緒正しい西洋料理であった。そしていつもたっぷりのミルクティが用意される。

 ツアーは、北海に浮かぶスカイ島を歩いたあと最終日エジンバラで自由行動となった。この旅で初めての都会である。同行の友人が、「”ハリーポッター”の作者が通ったカフェがあるので行ってみたい」というので付いて行った。

 ハリーポッターは昔評判になった時読んでみたが、ファンタジーのくせに貧乏くさいと思い途中で止めた。主人公の少年を取り巻く家族や衣服、食事がやたら詳しく描かれ、おまけにみな貧相である。たとえばこんなところ。「だぶだぶの服、こわれた眼鏡のハリーポッター」、「かび臭いコーンフレークと冷たいトマトをのせたトースト」、「僕、お金がないんだ。おじさんは僕が魔法の勉強をしにいくのにお金は出さないって」。これではファンタジーの世界に入って行けないではないか。

 さて、エジンバラの町中にあるカフェは、いかにも場末で、内装はインド風、南洋の植物や象の置物があっちこっちに置かれていた。西日の入る窓からエジンバラ城や寺院の尖塔が見える。私は彼女がいつも座っていたという席の隣でビールを飲んだ。同行の友人によると、彼女はシングルマザーでエジンバラに引っ越した頃は生活保護を受けていたとか。この店でコーヒー1杯で毎日原稿を書いていたそうだ。

 私は貧乏臭いと感じたことに合点が行った。私もまた単身で二人の子供を育てた。そして長い間「ひもじくはないか、寒くはないか、この暮らしから何とか抜け出す方法はないか」この事で頭の中はいつもいっぱいであった。きっと彼女もそうであったに違いない。(JK・ローリングさん、書くという特技があって本当に良かったね。)

 それから私達4人は「スカイ島まで行ったのは大分で私達だけでなあ」などとおばさん会話を楽しみながら帰国した。

 私は帰ってすぐ書棚の「ハリーポッター・賢者の石」を開いた。この貧乏くささが大切なのだ。魅力なのだと感じながら。