九六位山日記(ゆきのさきこ)

私のマンションのベランダから見える山は、九六位(くろくい)山です。雨はいつもこの山を越えてきます。

どこででもできる

キリマンジャロ直下のキャンプ

 4歳の孫が、トイレから出てこない。のぞいてみると、膝の上に文庫本を広げている。挿絵を見ているのか、楽しそうなのでそのままにしておいた。「出たよ」と呼ぶので行くと、お尻を突き出して「ふいて」と言う。「えっ、自分でふけんの」。文庫本を読もうとするほど上半身は意欲的なのに、下半身はどうしたことか。

 温水シャワーの使い方を教えようとしたが、あることを思い出して、止めた。

 私が、キリマンジャロに登ったのは10年前。行程は6日、登山隊はメンバー8人にポーター16人。キャンプ地にテントを張りながら、ゆっくり山頂を目指した。タンザニアは、イギリスの登山文化の伝統を受け継いでいるらしく、キャンプ地に着くと、手洗い用のお湯が配られ、熱い紅茶とビスケットが出てくる。色が真っ黒なポーターたちとも、日が経つにつれ、言葉を交わすほどに仲良くなった。

 山頂に近くと、ほとんど全員が、高山病にやられたり、飲み水に当たったりで、嘔吐、下痢症状が続き、かなりの苦行でもあった。

 下山後の反省会で、60代の女性が2人が、「もう二度と来たくない」言う。理由はトイレだ。「ウオッシュレットでないと無理」。キリマンジャロは、タンザニアの国立公園であり、重要な観光資源でもある。トイレもそれなりに整っていたと思うが、彼女たちには、辛いことだったのか。彼女たちの子供の頃の家や学校のトイレも、かなり問題があったとは思うが。

 現在、日本の温水洗浄便座の普及率は80パーセントだそうだ。海外では水質面や衛生面の問題があり、それほど普及していないらしい。

 2020年主要先進国平均年収ランキングで、日本は22位。韓国、スロベニアイスラエルの後、日本。その後はスペイン、イタリア、ポーランドと続く。日本人は、先進国に収入では負けていても、清潔な温水洗浄便座に座っていられるのだ。

 しかし、孫に温水洗浄便座の使い方など教えてはならない。あれを使い出したら、自分のお尻を、自分で拭けない人間になる。

 たしか、作家の沢木耕太郎さんだったと思うが、海外で生きて行くための条件として『誰とでも仲良くできる』『何でも食べることができる』『何処ででも眠ることができる』と三つ挙げていた。私はそれに『どこででも用が足せる』と付け加えたい。