九六位山日記(ゆきのさきこ)

私のマンションのベランダから見える山は、九六位(くろくい)山です。雨はいつもこの山を越えてきます。

台所を汚さない日

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 「今日は、台所を汚さない、お炊事をしない」と決めた朝は、近所のパン屋のカフェで、チーズオムレツに焼きたてのパンとコーヒーだ。帰りにネットで話題のコンビニスイーツを買おう。夕方は、パソコンを抱えて、マクドナルドに行こう。

 時折、我が家の玄関のドアノブにパック入りのお惣菜がぶら下がっている。一人暮らしの私を気遣うご近所の方のおすそ分けだ。いつも登山仲間の女性達と、山頂でお弁当のおかずの交換に盛り上がる。そういえば、韓国との交流登山に参加したときも、まるで親戚のおばちゃんのように、漬物や干し柿を配っている人がいた。言葉はわからないが、きっと「これ美味しいよ。私が作ったのよ。食べて食べて」と言っていたはず。

 自分の作った料理を美味しいと言われるほど嬉しいことはない。料理上手の女は、無敵だと多くの女性は信じている。

 私の母も、自分の料理を食べさせるのが好きだった。親戚が集まると、お寿司や炊き込みご飯を大量に作り食べさせ、帰りにも持たせる。しかし、私は、母が自分で作った料理を、美味しそうに食べているのをみたことがない。母の好きな食べ物を思いつかない。おせち料理の残りを、いつまでも食べている姿しか思い浮かばない。

 実は、私も似たようなことをしていた。近くに住む息子の家族に料理を運んでいたが、ある日気がついた。共働きで大変だろうと、私の料理を押し付けているだけなのではと。

 台所との付き合いは長い。小学校に上がる頃から炊事を引き受け、見様見真似でうどんも打った。結婚し、子供が2人できてからは毎日「今日は、何を食べさせようか」と考えない日はなかった。

 そして今は、自分だけの台所だ。お気に入りの道具を並べて、好きなように料理している。台所を汚さない日を作るのは、ささやかなレジスタンスだ。誰に向けてか、料理にこだわってきた私自身に向けて。

 街には、新しいレストラン、居酒屋が次々に開店する。みんなが3日に1回でいいから外食にしたら、飲食店が繁盛するだろう。主婦の手作りである必要などないのだから。

 だからマクドナルドのハンバーガーかと言われると困るが、マクドナルドのハンバーガーは、世界標準の食べ物だ。西アフリカの砂漠のはずれの街でも見かけた。ハンバーガーを嫌わなければ、世界中どこに行ってもやっていけるだろう。

 そろそろ、台所から距離を置こう。